最高裁判所第二小法廷 昭和47年(あ)1481号 決定 1974年4月01日
主文
本件上告を棄却する。
理由
公訴の維持にあたる弁護士渡辺直治、同阿部長連名の上告趣意について。
所論のうち判例違反をいう点は、論旨引用の判例は、事案を異にして本件に適切ではなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、すべて、適法な上告理由にあたらない。
なお、論旨の主要な点は、原判決が、特別公務員職権濫用致傷罪、特別公務員暴行陵虐致傷罪の訴因について、暴行罪のみの成立を認めたのが誤りであるとするものであるが、記録によれば、原判決の認定が誤りであるとするにはあたらない。
被告人本人の上告趣意について。
所論は、事実誤認の主張であって、適法な上告理由にあたらない。
弁護人神山欣治、右佐藤貫一、同坂田治吉、同林久二、同柴田正治連名の上告趣意について。
所論のうち判例違反をいう点は、論旨引用の判例は、事案を異にして本件に適切ではなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、すべて、適法な上告理由にあたらない。
なお、所論第三は、原判決には準起訴手続によって審判に付された事件において準起訴事件以外の事実を認定し有罪とした違法があるというものであるが、準起訴裁判所が、相当な嫌疑のもとに刑訴法二六二条一項に掲げる罪が成立すると判断し公訴提起すべきものとして審判に付した以上、その後の審理の結果それ以外の罪の成立が認められるにすぎないことになったとしても、これが審判に付された事件と公訴事実の同一性が認められるかぎり、この事実を認定し処断することが許されないわけではない。なぜならば、準起訴裁判の制度は、同法二六二条一項に掲げる罪が成立する相当な嫌疑があり起訴すべき場合であると認められるのにかかわらず、検察官が公訴を提起しないことの是正を目的とするものであるから、準起訴裁判所が、相当な嫌疑のもとに右の罪が成立すると判断し起訴すべき場合であるとして審判に付した以上、検察官の公訴提起と同じく、その後の訴因の変更、事実認定等について差異がないと解すべきであるからである。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、本件上告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官大塚喜一郎の補足意見及び裁判官岡原昌男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官大塚喜一郎の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、弁護人らの上告趣意中所論第三に対する判断について、若干の意見を補足したい。
公務員の職務執行は、国民の市民的自由・権利に対する抑制的機能をもつことが多く、もし職務執行にあたる警察官等公務員の所為に職権濫用の疑いがあると認められるならば、国民が、告訴・告発により当該警察官等の刑事責任を追及することは、当然のなりゆきである。これに対して、捜査当局は、厳正な態度で対処し、検察官としても、適正公平な検察権の行使により国民の期待に応えるべきであるが、万一、当該事件が不問に付され不起訴となった場合、検察官が、警察官等とその職務上密接な関係にあるため、特殊の扱いをしたのではないかと国民が疑うのも故なしとしない。準起訴裁判の制度は、検察権の適正な行使を期すると同時に、右のような国民の疑念を払拭することを目的として設けられたものである。
ところで、刑訴法二六七条によれば、準起訴裁判所が、請求を理由あるものとして、事件を管轄地方裁判所の審判に付する決定をした場合には、その事件につき公訴提起があったものとみなされているところ、法が特にこのような公訴提起擬制の規定を設けたのは、検察官の公訴提起に代るものとして、検察官の起訴独占主義の例外を認めた結果である。したがって、付審判決定がなされた以上、その後の手続が通常の公判手続により進められるべきことは当然の事理であり、特に、訴因変更・事実認定について異なる解釈をする理由はない。なんとなれば、準起訴裁判所の付審判決定は、検察官の公訴提起と同様、審判に付すべき嫌疑があるかどうかという観点によりなされるものであり、たとえ公判裁判所の事実判断が右決定の判断と異なることがあったとしても、付審判決定を違法・無効とすべきでなく、このことは、検察官の公訴提起の場合と同様であるからである。このことと、準起訴裁判制度の前記立法趣旨をあわせ考えると、公判審理の結果、審判に付された事件が、同法二六二条一項に掲げる罪以外の事件であることが判明した場合においても、検察官の公訴提起があった場合と同じように、当該事件を審判し処断することができるものと解すべきである。
この点につき反対意見は、右のような場合、結局付審判の手続が違法・無効となるのであって、同法三三八条四号を準用して、公訴を棄却すべきであるというが、このような場合であっても、付審判決定が、違法・無効となるものでないことは前述のとおりであるから、同条項を準用する余地はなく、また、反対意見の援用する事例は、訴訟条件、公訴権の消滅等に関するものであって、本件に適切ではない。
それ故、本件において、原裁判所が暴行罪の認定をし処断したことに所論の違法はないものと考える。
裁判官岡原昌男の反対意見は、次のとおりである。
本件は、本館弘等の請求に基づき、昭和四三年六月一七日仙台地方裁判所において特別公務員暴行陵虐致傷罪の訴因により審判に付され、第一審裁判所に係属中、特別公務員職権濫用致傷罪の訴因が追加された事案であるから、原裁判所が本件につき暴行罪の成立が認められるにすぎないと判断した以上は、刑訴法三三八条四号を準用して本件公訴を棄却すべきものであって、これを有罪として処断することは許されないものと解すべきである。
そもそも準起訴裁判の制度は、検察官の起訴独占主義に対する唯一の例外であり、検察官の不起訴処分の是正を目的とするものであるが、これは、同法二六二条一項に掲げる罪に限ってのものであることは、同条項の文言自体によって明らかである。ところで、その事件が右の罪にあたるかいなかは、公訴提起の効果を生ずるにすぎない準起訴裁判所の判断によるものではなく、最も客観的真実に合するものとして制度的に保障されている公判裁判所の終局的な事実判断によって決すべきものであって、公判裁判所の終局的な事実判断が、同条項に掲げる罪にあたらないことになった場合は、結局、その事件は、本来準起訴請求の対象となり得なかった事件であり、準起訴裁判所が、これを取り上げ付審判決定をしたのが誤りであったということになるのである。このことは、道路交通法違反の事件において、非反則行為として通告手続を経ないで起訴された事実が、公判審理の結果反則行為に該当するものと判明した場合には、刑訴法三三八条四号により公訴を棄却すべきものである(最高裁昭和四七年(あ)第八九七号同四八年三月一五日第一小法廷判決・刑集二七巻二号一二八頁参照。)のと同じであり、また、同法三三七条、三三八条の時効完成の有無、告訴・告発の要否、裁判権の有無等は、すべて、公判裁判所の終局的判断に基づいて、これを決すべきものとされているのと同様である。したがって、公訴提起そのものが、溯って無効になる場合のありうることは、別段異とするにはあたらない。
この点につき多数意見は、同条項に掲げる罪の相当の嫌疑のもとに審判に付した以上、これは検察官の公訴提起と同じで、訴因の変更、事実の認定は自由にできるというが、これは、ひつきよう、右の点の判断を準起訴裁判所の嫌疑によって律することになって、この点において誤りであるのみならず、準起訴裁判制度の本来の対象とされているところを超えて審判に服せしめることになって被告人の利益を害すること著しいものがあり、到底賛同することはできない。
原判決は、この点において破棄を免れないものと考える。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)